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書評「北のサラムたち」(石丸次郎著:インフォバーン発行)

 本書は北朝鮮難民の取材を精力的に行って来た石丸次郎氏のルポルタージュである。

 今年5月の瀋陽日本領事館への、 難民一家駆け込み事件以降、 北朝鮮難民の存在は一気にジャーナリズムを賑わすこととなった。 特にあの事件で決定的だったのは、 抽象的な 「難民問題」 としてではなく、 現実に生きのびようとする難民自身の姿が、 泣き叫ぶ少女と母親の姿により鮮明に映し出されたことである。

 著者の視線も、 あくまで一人一人の、 難民たちのありのままの姿に根差している。 題の 「サラム」 とは、 「人」 という意味。

 これまでの北朝鮮難民に関する著作は、 難民のおかれている現状を統計的、 鳥瞰的に捕らえた報告記録か、 もしくは難民の断片的な証言を集約したものが多かった。

 本書の大きな魅力は、 著者が難民との人間的な 「出会い」 と、 彼らとの交流 (そして時として不幸なすれ違い) を通じて、 北朝鮮を脱出した一人一人の人間の、 欠点も長所も含めた素顔を描き出していることである。

 著者は当初から、 朝鮮半島の問題には関心を寄せていた。 最初の北朝鮮に対する認識は 「北朝鮮は韓国が言うほどひどい国ではないだろうし、 北朝鮮自身が言うような理想郷であるはずも無い」 という程度のものだったという。

 しかし、 その認識を一気に打ち破ったのは、 1993年に中国で偶然に会った一人の難民の語る北の実情だった。 さらに、 98年に北朝鮮国内への食糧援助のモニタリングに同行したときの、 見捨てられている孤児たちの姿。 さらに中国での難民孤児たちの、 カメラを閉じた途端に明け透けに語られる金正日批判。 「金正日将軍、 あなたがいなければ我々は生きられる」 と歌う子供達の姿は 「洗脳されてひたすら金日成、 金正日を崇拝する国民」 といった北朝鮮民衆への認識が全く間違ったものであることをだれよりも雄弁に語る。

 本書の圧巻をなすのは、 難民となった日本からの帰国者についての報告である。 韓国への亡命に成功した李チャンソン一家、 そして今もなお中国で生活しているであろう、 帰国者2世パク・キョンミさんたち。 後者には特に匿う朝鮮族の疲弊、 嫁不足に悩む中国農村の実情などが詳しく織り込まれた記録となっており、 詳しくはぜひ本書をお読みいただきたいが、 「人身売買」 や 「難民女性の悲劇」 などという紋切り型の言葉では決して伝わらない現実の複雑さを教えてくれる。

 また、 難民となることによって行動、 言論の自由を初めて得ることができ、 北朝鮮現体制告発の文章を書き綴り日本で発表した朴東明、 北朝鮮国内の映像を秘密に潜入して撮影した安哲。 彼らの業績は既に知られているが、 そのキャラクターがこのように生き生きと描かれたのは初めてのことである。 彼らの意志は、 チャン・キルス一家のUNHCR駆け込みの際に語っていた次のような決意へと真っすぐに繋がって行く。

「金正日が勝つのか、 我々普通の人民の生き延びたいという気持ちが勝つのか、 世界人民の前で堂々と勝負してやろうじゃないか」

 そして今年になって急増している難民の領事館駆け込み事件を、 著者は、 恐怖を克服した北朝鮮民衆が、 いつか必ず覚醒し立ち上がる姿を想起させてくれたと述べ、 「希望的観測だろうか?」 と自問している。

 僭越ながら著者に答えれば、 それは 「希望」 ではない。 「お前は、 難民を押し包む希望無き現状に屈し与するのか、 それとも、 難民が自ら切り開こうとしている 「希望とあるべき未来」 に与するのかという問いが、 今、 本書を通じて私たちの前に突き付けられているのだ。

 

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