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寄稿 56年ぶりの「母国」訪問記(上)  北送僑胞脱北者連合会 会長 李泰炅 

 誰が「故郷を生まれた場所だ」と言ったのか。故郷とは、そこで生まれて育ち、家族、知人など

の香りを感じられる懐かしい場所のことではないだろうか?

北送されて 56 年間の間、辛い時、悲しい時、片時も忘れることのできなかった港町下関よ!

夜にはガタゴトいう列車の音に起こされ、昼にはブーン、ブーンという船の汽笛で騒がしかった船

着き場がこんなにも恋しくなるとは思わなかったが、これは動物でさえ持っている「帰巣本能」

というものだと、今になってわかった。

以前友人にこういわれたことがある。「まだ満8歳だったというのに何を思い出すことがあっ

て懐かしがっているんだ?」その通りだ、現在 60 代中盤の歳になり、普通であれば8歳の記憶はぼやっとした霧の中にかかる影にすぎない・・・。 しかし、1960 年代に飛躍的に発展した日本での生活体験と、世界最大の「独裁国」であり「非人権国」である北朝鮮の両方を経験した私にとっては、ぬるま湯と冷水の極と極を体験することになる人生の一大事変だ。

この人生の大転換を体験した北送在日同胞の一人として、短い日本生活に関する記憶を 56 年

間ものあいだ大切に守ってきた。それに(北朝鮮で)毎晩家族全員集まって座り、夜の間中故郷の

話をした記憶達を合わせれば、私はたくさんの思い出を持っている。

 故郷が恋しいのに理由があるだろうか?動物でさえも持っている「帰巣本能」というやつだ。

浮き草のように漂った日本と北朝鮮、韓国、そこで味わった離散の痛みと母国に対する恋慕の情

を疑るのは、人間の本能までを否定する見方ではなかろうか。

母国を離れた人は一生恋しさに涙を流すが、見送った者達の彼らに関する記憶は薄れて行くの

が現実だった。去って行った者と見送った者、喜びと悲しみの現実が交差する。

 

◆故郷に一緒に行きましょう

  在日同胞北送家族被害者協議会では、団結と定着の集まりのあとに世間話をしたり、カラオケで

思いっきり叫んで記憶の中の日本の歌を歌ったりする。日本と北朝鮮、韓国での昔のエピソード

は過去の思い出となり、懐かしさを覚えるものだった。

「なあ兄弟、北送在日同胞は生きてきた経緯は違えど、50 数年ぶりに故郷を訪ねる心情は同じ

なはずだ。 私も故郷を訪ねた時は両親のことが思い出されて、涙があふれて何も言えなかった。

仁川にいるホソンもそうだったそうだ。北送在日同胞たちも故郷を訪ねる心境はみな同じだろう」。

卵型の顔に涼しげな大きな目をして、優しい口調で相手の気持ちをぐっと掴んでしまう北送同

胞の兄貴分、イ・サンイルが言った。「私も元気なうちにもう一度日本にいってみ

たいな、私の故郷は福岡なんだが、下関も近いから、一度一緒に行ってみるか?温泉も有名だとい

うし・・・」言ってみただけなのか、本当に行こうというのか、見当がつかなかった。

「そうできたらいいですね、天下の珍味も一緒に食べる人がいてこそ本当の味わいがあると言

うし、故郷の感傷も一緒に分け合えばもっと感慨深いでしょう、一緒に行きましょう」

「そうか?うん、そうしようか?」 サンイル兄さんとのこのやりとりをきっかけに、今回の旅

の同伴者として日本を訪問することになった。

 

◆機内で北朝鮮の出来事が走馬灯のように

 「ご搭乗の皆様、この飛行機はまもなく離陸致します。座席ベルトを締めたかもう一度ご確認く

ださい」 「ポーン、ポーン・・・ポーン、ポーン」スチュワーデスの明るく優しげなアナウンス

とは対照的に、「ウィーン、クルル・・・ルン、ガタッ・・・イーン・・・」という機械音と共に全身を震

わせ、180 余名の乗客とどっしりした飛行機とが一体になり空の上に昇って行く。白い雲を突き抜け

て行くかという時、突然、北朝鮮であった事たちが走馬灯のように頭を巡った。

朝早くに父と兄、姉は工場に、私と弟は学校に出かける。そして夜になってやっと全員が小さな

食卓を囲んで座る。食事を終えると各自の今日あったことを話すのが、私たち家族の唯一の楽しみ

だった。仕事の場では金日成の教示が法ならば、家庭では父と母の言葉がすなわち法だった。

「朝鮮で生きて行くためには、絶対に言いたいことをいってはいかん。日本について聞かれてもお前達は、日本は貧しくて、乞食が多いと言わなければいかん。まあ、全部忘れてわからないとい

うのが一番だ。隣のカンナムも日本は朝鮮よりもいい生活をしているといって連れて行かれたの

を見たろう。そうなったら家族全員が反動家族として捕まるんだ、わかったな」(両親は慶尚道な

まりでこう言った。)これが我が家の「家訓」だった。 こんなふうに話を切り出した両親と兄弟達は、生活に自由と活気が満ちあふれていた下関での忘れられないエピソードを話して夜を過ごした。

長い長い夏の夜、海辺で暗い夜空に花火を打ち上げ、家族みんなで楽しんだ幸福な瞬間達、「プ

ルコギ食堂」を営んでいた時の出来事たちを回想する。

 船乗りたちが長い航海を終えて碇を下ろし、腰帯を解いてしこたま酒に酔い、*「おーい中村君」を歌い、興を添えていた場面を懐かしんで、両親は静かに歌を歌った。徹底して統制された北朝鮮で、こうして懐かしさに苦痛を和らげることが出来るだけでも幸せだった。しかし幸福は一時のものに過ぎず、明日にはまた「首領一党独裁」の 鳥かごの中での不幸が始まるのだった。

群れをなして空を飛んでいる雁を見ながら「あの鳥達には自由を奪う旅行証も必要ないし、政治

犯収容所もないだろう? 行きたいところ、見たいところがあれば自由に行くことが出来るだろ

う? 私は北送という間違った選択をしたばかりに、あの鳥にも及ばない身分になってしまったん

だな」と雁をうらやんでいたその道のり! その空を今日は私が飛んでいて、56 年もの間恋い焦

がれた母国訪問の道程を進んでいるのだった。

 「テギョン、今故郷を訪ねて、まだ家や通りや友達達を見つけることができると思うか? きっ

とずいぶん変わってしまっているだろう。10 年経てば山河も変わるというのに、わかるだろう

か?」サンイル兄さんは座席に座ってじっと目を閉じ、寝るのかと思ったが、窓の外を見下ろしてい

る私の心情を見抜いたように静かに訪ねた。私よりも先にそれを経験した故郷訪問の先駆者だか

らだ。「いくら山河も変わるといっても、自分の家の裏にあった下関駅の線路とトンネル、それからたった 100 メーター前にあった海が変わりますか?」「そうだな、一度は必ず行くべきなんだ」

サンイル兄さんは福岡の自分の故郷を訪ねた時のことを思い出していた。盛んに開発はするものの、日本では昔の建物をちゃんと保存しているということだ。「乗客の皆様、この飛行機はまもなく福岡空港に着陸いたします」私は北朝鮮での悪夢と故郷訪問の妄想から覚めた。

 

◆シャトルバスで福岡の天神に 

 福岡空港は仁川空港に比べると小さく、乗客も少ないほうだった。出口を過ぎてバス停留所に向

かった。体が不自由なサンイル兄さんは、タクシーに乗って行こうと言ったが、4つ星ホテルのリ

ッチモンドと5つ星の門司港ホテルの宿泊料金でかなり費用がかかっているので、少しでも節約

しないといけない。大変でも日本の大衆交通文化を知ろうという気持ちもあった。

「兄さん!私が手伝いますから、バスに乗って行きましょう」リュックを背負ってトランクを引き、サンイル兄さんの脇に手を差し込んで支え、とにかく人が並んでいるバスの停留所に向かった。サンイル兄さんは私の姿を見て悪いと思ったのか、何も言わずついて来た。

「すみません、天神まで行くバスは、どこから乗ればいいですか?」スーツにネクタイを締めたパリッとしたこぎれいな中年の紳士に尋ねた。「ああ、そこの 2 番目が天神に行くバスです。

そこですよ」腰をかがめて右手を長く伸ばして 2 番乗り場を指して教えてくれた。

「もしかしてこの人は空港バスの案内員だろうか?」と思ったが、バスが入って来ると会釈を

して「すみません、行かないと」と言って違うバスに乗り込んだ。案内員ではなかった。

 2 番乗り場からシャトルバスに乗り、リッチモンドホテルに向かった。初めにバスターミナルで

観光地図を手に入れていたが、初めてなのであちこちで道を訪ねながら行った。一番最初に警察官

に尋ねてみた。警察官は立ち止まって地図を取り出し、方向と距離を教えてくれた。やはり丁寧だ。

200 メーターほど行ったところで、また通行人を呼び止めて道を尋ねた。この人もやはり優しく

答えてくれた。こうして飛行機から下りて荷物を受け取ってから、天神への行き方、旅行地図の入

手、バス乗り場、リッチモンドホテルへの行き方など8回も尋ねるうちに、私は自然とその人たち

の親切な素振りに倣うようになっていた。

 「テギョン、お前日本にきたら日本人みたいになったなあ、優しくて人柄も明るくなったみたいだ」。ずっと横について来て私の行動をじっと見ていたサンイル兄さんも言った。やはり親切な人には親切に、優しい人には優しく対応するようになるのが人間の本能のようだ。自然とそうしないではいられないのだ。(続く)

 

*昭和 33 年に若原一郎が明るくコミカルに歌い、大流行したサラリーマン歌謡曲

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