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【News110】脱北者家族と18年目の再会

 

『脱北者』著者 韓元彩氏の娘・韓鳳姫さんが北朝鮮人権侵害週間のイベントに参加     会津千里

 18年前の2000年、私たちは脱北者の一家族の救援依頼を巡ってかなり厳しい状況に置かれていた。1990年代後半から2000年代の初めにかけて北朝鮮では、300万人が餓死するという異常な事態が起きていた頃の話である。多くの北朝鮮人が食糧を得る自由を求めて国境の豆満江、鴨緑江を渡ってきた。中には国境の川を渡ってこと切れる姿も 珍しくなかった。中国は難民条約を批准していたが、脱北者狩りを繰  り返し逮捕、強制送還を繰り返していた。そして中国と連携する北朝鮮の国家保衛部の要員が、脱北者を助けるNGOや韓国のキリスト教伝道師のネットワークを壊滅させるために血眼になっていた。

救援作戦を開始したものの夫婦は強制送還され、子ども3人がかろうじて第三国に逃れ、韓国に定住出来た。私たちの救援作戦は終え、この家族とは長い間連絡が取れていなかった。この度、18年前に会った次女の韓鳳姫さんと連絡が取れ、北朝鮮人権侵害啓発週間のイベントに招き、当時の話を回想していただいた。(近々Website で紹介)以下は救援作戦を主導した側からの話である。(編集部) 

 

家族の人柄は保証する

早くしないと危ないのだ

 韓国のビジネスマンである李社長は、同胞の悲しみを少しでも和らげようと本業で得た利益を脱北者の救援に充てていた。

「家族の人柄は保証する。早くしないと危ないのだ。北朝鮮の保衛部が一家を捕えようと躍起になっている。安全地帯への移動と韓国への亡命を成功させてもらいたい」

 韓氏一家は5人家族だったが、安全を期して家族のうちだれかが、韓国に到達するように別れて隠れ住むという切羽詰まった選択をしていた。

 ほとんどの脱北者がそうであるように、韓さん一家も不法入国者として中国公安と北朝鮮国家保衛部から追われる身であった。緊急を要する事態であることは重々承知していたが、安全上の問題をクリアしなければ、私たちも救援を引き受けるわけにはいかなかった。

 吉林省延辺朝鮮族自治州は、北朝鮮の諜報活動の最前線で活動は活発で正規の学術研究機関や食堂、貿易会社、キリスト教会等を足場にしていた。朝僑や中国朝鮮族の中には、北朝鮮にいる親族を人質に取られ、諜報活動、拉致誘拐、殺害等の闇の集団に組織されている者がいる。

 私たちが脱北者を保護、救援活動をしているのが分かれば、保衛部の要員は私たちを抹殺、消滅させるに違いない。中国も黙っていない。

 

韓氏は秘密工作員ではないのか鉄道運輸学校卒はスパイ養成校卒

 国家保衛部の要員が難民を装って脱出ルートや組織と人脈を解明し、一網打尽にする活動を繰り返していた。その中で保護するには慎重の上にも慎重でなければならない。間違えれば私たちが自滅させられる。

 延吉市にある延辺大学に近い私のアパートで会うことになった。韓氏と妻の申錦鈴(シン・クムリョン)次女の韓鳳姫(ハン・ボンヒ)さんが訊ねてきた。韓氏から差し出された履歴書を見て驚いた。韓氏は朝鮮人民軍後方総局直属吉州パルプ連合企業所設計室技師、そのほか科学技術の発明3件、新技術登録3件、等々の業績があった。国旗勲章ニ級2回、同三級を3回表彰されていた。国家に対する忠誠心、貢献度が多大な人物であった。注意して見ると1959-61年まで咸鏡北道吉州郡鉄道運輸学校で学んでいる。同校はスパイ養成機関である。また彼は特殊任務として1974年から保衛部の秘密工作員を務めている。

任務は「党中央委員会幹部たちと参謀部管理職の思想動向と事業組織、執行幹部で提起される問題の傾向を監視、とくに保衛部長の特別指令によって韓国軍捕虜の思想動向の監視、在日帰国者に対する思想動態、帰還兵に現れる傾向の掌握」」であった。

 このような輝かしい経歴の韓元彩氏は、どうして家族もろとも脱北を決意するに至ったのか・・・。

 

出身成分、家庭環境と土台が悪い?

越南家族は常に圧迫が加えられる

 もしかしたら秘密工作員として組織破壊を目的とする特別任務で私たちに接近しようとしているかもしれない。

 韓氏の話に対して警戒心を持たないわけにはいかなかった。

「3人の子どもたちは学業に秀で、知力も抜きん出ていた。国家で選抜する人物と人格対象や知能対象には当選するのですが上級の学校に合格しないのです。それは私たちの出身成分、家庭環境、土台のせいです。

 私も、ハンガリー、ドイツに派遣される技術見学団、ソ連、中国への技術代表団の候補に選ばれるのですが、最終的にはいつも落選していました。父が朝鮮戦争直後に越南、伯父が国家保衛部で処刑されたこと、妻の父も国際スパイと関係していたことが、毎回不合格になった原因のようです。越南家族は全ての面で圧迫されるのです。人格も人権も踏みにじられます。頻繁に加えられる政治的圧力と蔑視は、まともな頭脳を持った人なら我慢できません」

 

韓氏一家の亡命を助けることにした

「成分」という身分制度に絶望

 韓氏は中国への脱出に2度失敗していた。成分が悪いだけではない。韓氏は捕縛されれば必ず処刑される。北朝鮮刑法四七条で、「・・・情状が特に重い場合は死刑及び全財産没収」と規定されている。韓氏の3度目の北朝鮮への送還は「情状が特に重い場合は死刑及び全財産没収」に相当する。

 それに秘密工作員として働いた彼の経歴から重大な裏切り反逆行為と見なされるからだ。韓一家の避難は急を要した。

 

北朝鮮の体験を綴った300ページ

北朝鮮国家保衛部に渡る

 慎重なはずの韓氏は二度目の脱出に成功した後、大きな悲劇に繋がる失敗を犯した。

北朝鮮の非人道的で人権無視、腐敗堕落した社会を白日の下にさらしたいと強い決意で、原稿は書かれた。それはA4判で300ペーに及ぶ体験記だった。韓氏は万一のことを想定して3部をコピーし、その1部を延吉市の新風キリスト教会に預けた。感謝の手紙と金春成(キム・チュンソン)牧師に渡されるはずだったが、たまたま金牧師が不在だったためにナム伝道師に託された。これが韓氏の命取りとなった。

 もう一部は私に託された。必ず日本で出版してほしい。できればその収益で私の家族を救ってほしいというものだった。

 後で分かったことだがナム伝道師は、平壌から派遣されてきた国家保衛部要員を束ねる30歳代後半の女性野戦指揮官カン・ハクシルの情報員のひとりであった。ナム伝道師に託された韓氏の原稿は、このカン・ハクシルに渡った可能性が高い。

 この教会で世話になった脱北者たちの話によると脱北者を保護することで知られていたが、一方で逮捕を免れた脱北者の間では「北に通じている」とか「北朝鮮の教会」と噂されていた。というのは、中国の公安に逮捕された脱北者に中には、この教会に近づいた後で捕まっている人が多い。

 

李社長、朴部長、河秘書に懸賞金

韓氏への拷問による自白の結果はあきらか

 2000年9月15日、韓夫妻は図們発大連行きの列車で16:40大連に到着している。そして一家は久しぶりに再会を果たした。ところが翌日中国の公安に踏み込まれ、大連辺防隊に連行された。娘2人は釈放されたが、夫妻は逮捕され、別の場所に連行され、二度と戻ることはなかった。夫妻は瀋陽の北朝鮮領事館に移送され、さらに北朝鮮領事館の外交ナンバーを付けた車で丹東を経由して新義州に送られた。夫妻はそこから平壌に送られたという複数の目撃者の証言と韓一家の救援に関わった李社長、朴部長、河秘書の3人に一人3万人民元(日本円約45万円)とベンツ1台の懸賞金がかけられたという知らせが私たちに届けられた。3人の名前が出たことからすると、韓氏がひどい拷問の末、自白させられたことは明らかだった。

相次いで届いた知らせによって韓元彩(ハン・ウオンチェ)氏は3日目に非業の死を遂げ、妻の申錦鈴(シン・クムリョン)は余りの拷問の激しさに発狂したことが分かっている。生死、行方は分かっていない。

一家が北朝鮮の治安関係者、国家保衛部の要員によって受けた迫害、抑圧、拷問は人道上、人権上見過ごしにできない。私たちは関係者を「人道に対する罪」として最後まで追求する。

 

密かに原稿を運び出した

三人の子どもは無事に韓国に到着

 三人の子どもたちは多くの人々の献身的な行動によって韓国に到着できた。

当時私が受け取った韓氏の原稿をどのようにして中国外に持ち出すかというのが最大の問題だった。中国は通信、言論の自由、親書の自由などの基本的な人権が保証されていない国だ。少しでも不審があれば持ち物検査、身体検査をする。出国の時に検査で没収され、拘束される可能性もあった。

 早速300頁に及ぶ原稿を3部コピーし、1部をEMSで韓国、日本以外の知人あてに、1部を日本の友人に、最後の1部は手荷物の中に忍ばせた。

 いつも救援活動に使える費用が限られ、出国税の100人民元さえやっと財布に残るぎりぎりの活動で苦労の連続だった。韓元彩氏一家の救援に必要とする費用は、原稿を出版する晩聲社のユン社長の好意で稿料の前渡しということで捻出できた。この理解があって、3人の脱北逃避行は成功したのであった。原稿は『脱北者』北朝鮮から逃げられなかった男、として出版された。韓氏との約束が果たせたのがせめてもの幸いだった。

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