北朝鮮の強制収容所には「日本から連れてこられた拉致被害者」もいた

『TRUE NORTH』清水ハン栄治監督インタビュー

文春オンライン 大西 康之 2020.07.16

 

 フランス東部の町アヌシーで開かれる世界最大級のアニメーション映画祭「アヌシー国際アニ

メーション映画祭」で、北朝鮮を題材にした日本の新作3Dアニメ映画『TRUE NORTH(トゥル

ーノース=真実の北朝鮮)』が、長編コントルシャン部門にノミネートされた。手がけたのは、

横浜生まれで在日4世の清水ハン栄治監督だ。

 

過酷な状況を生きる兄妹の物語

 かつて宮崎駿監督や高畑勲監督が最高賞に選ばれ、近年では『この世界の片隅に』(2017年)

の片渕須直監督が審査員賞を受賞した。例年、12万人が来場する大イベントだが今年は新型コロ

ナウイルスの影響で、オンライン開催になった。

 

 作品の主人公は金正日体制下の北朝鮮で両親と暮らす幼い兄妹、ヨハンとミヒ。1950年代から

1984年まで続いた「在日朝鮮人の帰還事業」で北朝鮮に渡った家族だが、父親が政治犯の疑いで

逮捕され、母子は強制収容所に入れられる。極寒の収容所での暮らしは凄惨を極めるが、二人は

極限の状態の中で揺れながら、人間性を育んでいく。そして最後に待つ驚きの結末――。

 

 過酷な状況を生きる兄妹を描く、という意味では野坂昭如原作、高畑勲監督のアニメ映画『火

垂の墓』、限界状況における人間の姿という意味では心理学者の目でアウシュビッツを描いたヴ

ィクトール・フランクルの『夜と霧』を思い起こさせる。

 

北朝鮮の強制収容所は「現在進行形」

 94分の作品を見終わって改めて感じたのは、北朝鮮の強制収容所はアウシュビッツと同じ人間

性に対する犯罪だが、「過去の出来事」ではなく今も20万人~30万人が収容されている「現在進

行形の問題」であり、その中には「地上の楽園」という宣伝文句に騙されて北朝鮮に渡った数多

くの元在日朝鮮人とその家族がいるという重い事実だ。

 

監督の清水は1970年横浜生まれで、2年半前に亡くなった父は在日コリアン1世、母は3世である

 

 米国の大学でMBA(経営学修士)を取り、外資系IT大手やリクルートでバリバリやっていたが

「オープンカーに乗って鼻の穴を膨らませても、ちっとも幸せじゃない」と悟って35歳で独立。

アメリカの友人であるロコ・ベリッチ監督に誘われてドキュメンタリー映画『happy ―しあわせを

探すあなたへ』(2012年)をプロデュースするなど映像、出版、教育事業に携わるようになった

 その清水がなぜ、北朝鮮をテーマにしたアニメ映画を制作したのか。

 

北朝鮮を思うと、子供の頃のおぼろげな記憶が……

――『TRUE NORTH』を作ることになったきっかけは何だったのでしょうか?

 

清水 『happy』を撮り終えて「次は何をしようかな」と考えているときに、国際人権団体ヒュー

マン・ライツ・ウォッチの代表にこう聞かれたんです。「エイジは北朝鮮についてどう考えてい

るの?」と。それはずっと頭の中にありながら、あえて触れずにきたテーマでした。北朝鮮につ

いて考え始めると、子供の頃のおぼろげな記憶が蘇ってきた。おそらくはおばあちゃんの言葉だ

ったと思いますが「エイジ、悪いことをすると収容所に連れていかれるよ」と言っていた。

 

 子供心にそれはとても恐ろしい場所だと感じていました。

 

 調べてみると、強制収容所は今もあって何十万人もの人が囚われ、過酷な状況に置かれている

。その中には日朝両政府と赤十字が関わった「帰還事業」で北に渡った元在日の人たちが少なか

らず含まれていることが分かりました。

 

「帰還事業」では一部のメディアが北朝鮮のことを「地上の楽園」と喧伝し、それを信じて海を

渡った在日の人も大勢います。「自分の意思で行ったのだから」と片付ける風潮もありますが、

国やメディアに騙されたも同然です。その人々が在日であったがためにスパイ容疑をかけられて

強制収容所に入れられている。帰国者に付いて行った日本人妻、日本人夫やその子供たちもいま

す。この実情を一人でも多くの人に知ってほしいと思いました。

 

表現を和らげ、感情移入できるアニメ

 

――アニメという表現方法を選んだ理由は?

清水 脚本を書くために脱北者の人たちの話を聞きました。収容所を経験し、カメラを回しても

良いと言ってくれた人が5人。1人は「帰還事業」で日本から北朝鮮に渡った人、1人は看守でした

。カメラは回さず、グループインタビューのような形で話を聞いたのが30人ほどです。

 

 ルポルタージュや実写の映画も考えましたが、彼らの話をそのまま映像にするとホラーにしか

ならない。観る方が耐えられない作品になってしまいます。アニメなら表現を和らげ、感情移入

できる作品にできると思いました。

 

――作品には日本人拉致被害者と思われる女性が出てきます。

清水 1990年代半ばにヨドク収容所にいた脱北者がこんな話を聞いていました。ヨドクで飯炊き

をしていたある女性は、日本から連れてこられた拉致被害者で、工作員の日本語教育を命じられ

たが「祖国に迷惑をかけたくない」と拒んだため、ヨドクに入れられた、と言うのです。この拉

致被害者や帰還事業で北朝鮮に行った日本人妻は、れっきとした日本人ですよね。彼女たちのこ

とを見捨てて良いのか。あのシーンには、そんな思いを込めました。

 

諦めそうになる度に、頭の中で「ミヒ」が悲しそうな顔をする

 

――90分を超えるアニメ作品を作るにはかなりのお金がかかります。

清水 資金を集めるために、企画書を作っていろいろなところを回りました。みんな「面白そう

だね」と言ってくれるのですが、テーマが難しいのでなかなか踏ん切れない。

 

 米国の制作会社が乗ってきたのですが、2014年、朝鮮労働党第一書記の金正恩氏を茶化したコ

メディー映画『ザ・インタビュー』の公開前に、配給元であるソニー・ピクチャーズ・エンタテ

 

インメントに大規模なサイバー攻撃を仕掛けたある集団が劇場を脅迫して、公開が一時中止され

る騒ぎがあり(結局、一部の映画館で公開)、こちらの話も立ち消えになりました。

 

 なんども諦めそうになったのですが、その度に、頭の中に「ミヒ」が出てきて、「なんで作っ

てくれないの?」「諦めちゃうの?」と悲しそうな顔をするんです。腹を括って自腹で制作する

ことに決め、制作費を安くするためインドネシアでアニメ制作の会社を立ち上げました。アニメ

専門学校を出たばかりの若いフリーランスのアニメーターを25人ほど集め、無料で使えるオープ

ンソースのソフトウエアを駆使しました。結局、資金集めに2、3年、制作に6年近くかかりました

が、首都圏で一軒家が買えるくらいの借金ですみました。

 

いまは日本語の字幕を準備中

 

――公開の予定は決まっていますか?

清水 例年は映画祭に出品して、そこで各国の配給会社と交渉するのですが、今年は新型コロナ

ウイルスの影響で映画祭が中止になったり、オンライン開催になったりしました。今、個別に配

給元と交渉しているところです。日本の配給元2社からも問い合わせをもらっていますが、まずは

日本語の字幕をつけて日本の映画祭に出展すべく準備中です。

 

 おかげさまで映画業界誌『ハリウッド・レポーター』やアニメや、コミック・ブックの有力サ

イト『CBR.com(旧コミック・ブック・リソーシズ)』で高い評価を受けており、アメリカなど

での公開が先になるかもしれません。

 

映画『TRUE NORTH』公式サイト:https://www.truenorth.watch/

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