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【News117】 寄稿  北朝鮮難民・人権問題 ― 解決は核不拡散とのセットで  田平啓剛

1.日本憲政史上最長・安倍政権でも叶えられなかった使命

 2020年8月28日、安倍晋三首相は急遽記者会見し、潰瘍性大腸炎の再発を理由とし、第98代内閣総理大臣職を辞した。既に2019年11月20日、戦前の桂太郎氏を越え、首相は憲政史上最長在任の新記録を打ち立てていたが、2020年8月24日、連続在職日数も2799日(7年8か月余り)となり、大叔父・佐藤栄作氏の大記録を半世紀ぶりに塗り替えた。

 

 その安倍首相が世間の脚光を浴びることになったのが、北朝鮮国家による日本人拉致問題である。2002年、小泉元首相が連れ帰った5人の日本人拉致被害者について、即時永久帰国を強硬に主張し、家族の待つ北朝鮮への一時帰国を許さなかったのが、当時官房副長官の安倍氏であった。安倍政権登場後、拉致問題解決を「政権の最重要、最優先課題」として位置づけ、以後、機会ある毎に施政方針としてこの問題の解決を標榜した。「拉致被害者の家族が肉親を抱きしめるまで、私の使命は終わりません」と誓っていたのである。

 

 しかし、久しく安倍一強と言われた安倍政権も、憲政史上最長の執権記録を以てしても、日本人拉致問題、延いては北朝鮮難民・人権問題を解決するには至らなかった。

 

2.米トランプ政権も達せられなかった忠実な同盟国・日本の願い

 1945年以降、人類は「核の時代」に突入した。牙と爪という軍事能力を抜かれた日本は、第二次世界大戦の勝者・米国の「核の傘」の下に入り、ひたすら軽武装・経済立国の戦略を採った。日本国憲法第9条の加護又は桎梏の下、我が国の国家戦略は過去、概ね成功を収めた、と総括し得る。

 

 しかしながら、軍事力の裏付けのない外交には一定の制約があり、ならず者(無法者)国家の跳梁の前には、「専守防衛」では対抗し難い。我が国としては、自ずから同盟国・米国に頼らざるを得ない一面があり、日本人拉致問題の解決にも米国の後ろ盾を必然とした。特に共和党ブッシュ(息子)、トランプ両政権は日本人拉致被害者家族に同情的であり、一時は明るい「希望の灯」が見えた。

 

 だが、累次のトランプ・金正恩米朝首脳会談において、毎回、必ずしも日本政府の要望が取り入れられた訳ではなかった。トランプ・安倍という史上類を見ない日米首脳間の蜜月関係を以てしても、である。

 

 

 長年、「世界の警察官」を自任し、国際の正義の実現に献身してきたかのように見えるスーパーパワー米国も、所詮、国際社会の一主権国家である。ましてや、既にオバマ前政権時代、「米国は最早世界の警察官ではない!」と公に宣明している。

 

 

 

常任理事国5カ国(米、中、英、仏、露)と15カ国で構成される国連安全保障理事会

 思うに、基本的な政治経済体制を同じくする同盟国間においては、多少の無理・ごり押しは効くし、妥協・協調の機運も働く、その余地もある。我が国が米国製の比較高額な武器購入の勧めないし圧力に唯々諾々と応じているように。

  

 しかし、同じブロックを越え、他のブロックに何かを求めようとしても、それは容易ではない。米国が国際社会の決議、即ち、総意を受けた国連制裁の御旗の下、北朝鮮に対する経済制裁の徹底を求めても、歴史的・地理的に深い中朝友誼関係の下、中国の地方政府のレベルまではなかなか貫徹され得ない。

 

3.“自由朝鮮”の旗手は今、何処?

 我が国にとって、今、最も切実・火急な課題のひとつは、疑いもなく、日本人拉致被害者の取戻しである。無事な帰還を長年切望してきた家族は、高齢の為、力尽き、バタバタと倒れている。しかし、強行策を持たない日本国政府も、強力な武力を誇る同盟国米国政府の支援も当てにできないとなれば、我々は一体全体どうすればいいのか?

 

 そんな拉致問題の根源たる北朝鮮の人権問題。これの解決には加害者たる北朝鮮政府は、もちろん当たることはできない。となると、北朝鮮の人権問題に最も関心を払い、最大限に関与すべきは、憲法上、北朝鮮住民も韓国国民であるとする韓国であるが、現在の韓国政府にはこれを全く期待することはできない。更に、朝鮮半島を巡る中国、ロシア、我が国、そして米国も結局は無力であるように見える。そうであれば、我々は何処にその救済を求めればいいのか?

 

 「天は自ら助くる者を助く」という。自ら助くる者の個人、その集合体たる組織は、北朝鮮には存在しないのか?

 

 独裁者・金正恩の北朝鮮政府によって暗殺された異母兄・金正男。その遺族、長男・金漢率(キム・ハンソル)ら3人を保護していたNGO“千里馬民防衛”。

 

 

2019年3月1日、ソウル市内の公園において、これがその名を“自由朝鮮”と改め、人権と自由を基調とし、あらゆる女、男、子供の尊厳を守るべく、金正恩委員長の北朝鮮体制に抵抗する臨時政府の樹立を宣言した。この希望の星、“自由朝鮮”は今、何処で何をしているのか?過去2年余り、その動静は全く伝えられなくなってしまった。

 

4.大戦後75年目の誓い

 2020年は、大戦後75年の節目の年であり、核兵器管理の国際政治上、5年に一度のNPT(核兵器の不拡散に関する条約)再検討会議を迎えた重要な年であった。しかし、2019年末からの新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の世界的猖獗による災難や危機的状況の為、4~5月に予定されていた同会議開催はやむなく延期された。更に再延期の結果、今は本年8月2~27日に開く方向であり、目下、国連事務局と各締約国との連絡・調整が精力的に進められている。

 

 国連の軍縮部門トップを務める中満泉国連事務次長は、2020年6月19日、長崎大学、長崎市、及び長崎県で作る団体が企画した対談にオンラインで参加し、次のように述べた。

 

 「目に見えないウィルスの影響で世界的な危機が起き、核や軍事力に頼った安全保障の脆さと、国際協力の重要性を再認識する機会になった。外交と対話による人間中心の安全保障を実現する為の具体的な検討が必要だ」

 

 被爆二世の私は、人類が一旦手にした核エネルギーと核技術は、そう簡単には廃棄、廃絶できない、否、むしろほとんど不可能だ、と実は考えている。しかし、不可能は不可能だとしても、人はできる範囲で、できる限りの力を尽くさなければならない。

 

 

 広島、長崎で実際に原子爆弾の悲惨さを体験した被爆者が年々減っている。被爆者健康手帳を持つ全国の被爆者は2019年度末で13万6682人。1957年度以降の最少を更新したそうである。平均年齢も83.31歳、過去最高となった。

 

5.中国をして北朝鮮の過ちを糺(ただ)す

 現在、手詰まり状態にある北朝鮮人権問題と核軍縮問題。私はこれを結び付け、いやしくも国連常任理事国の一角を占める中国に、あらゆる意味でその強い影響下にある筈の北朝鮮に力を行使してもらいたいのである。従来の日本が過去、米国に余り物が言えなかったように、北朝鮮は中国の指図に厭々ながらも従う筈である。

 

 米中デカップリングが云々され、貿易・経済関係のみならず、今や政治・軍事面も含め全面的に米中が角逐し、新旧スーパーパワー同士の21世紀・新冷戦時代の到来が実感される。新興超大国・中国は旧来の国際秩序に挑戦し、軍事戦略上の第一、第二列島線の主張を通じ、南シナ海、東シナ海での覇権確立を目指す。あまつさえ、チベット、ウイグル、内モンゴル(又は南モンゴル)に加え、香港での民主主義や人権の抑圧、更に、尖閣や台湾への領土的野心さえ隠そうともしない。そんな中国に、欧米先進国流の人権・人道が通用する筈がない、と見る向きも少なくない。

 

 しかし、私は、そんな中国も何時か、必ず何処かで、国際社会に対するガス抜きを試みる、と観測する。「シルクロード経済ベルト(一帯)」と「21世紀の海上シルクロード(一路)」を結びつけるものとして、鳴り物入りで開始された中国の新国家戦略「一帯一路構想」。しかし、港湾等のインフラ整備を名目として繰り広げられた巨額の中国投資は、途上国の多くを債務奴隷化し、やがて港湾等の無償長期租借等に発展した。結果として、今や中国の途上国間での評判は極めて悪い。のみならず、トランプ大統領の米国とは一歩距離を置いたEU諸国間においても、民主主義や人権尊重という原理原則の立場から、中国の実態が徐々に暴かれるにつれ、当初の友好ムードは年を追う毎に悪化している。2020年末、EUが中国との7年越しの投資協定交渉の大枠合意に達したが、欧州議会は5月20日、その承認手続きを凍結する決議を圧倒的賛成多数で採択した。

 

 これらの世界的な悪評を一挙に覆し、中国の国際的評価を再度高める為に、その生贄として格好なのが「国民に対する人権侵害や抑圧の点で、共産中国をも遥かに凌駕する北朝鮮」ではないのか?北朝鮮の核ミサイル武装化は元来、中国の基本的国益にも反する。習近平中国国家主席が金正恩北朝鮮総書記を見る視線は、執権の最初から苦々しいものであった。

 中国をして北朝鮮の過ちを糺す。私はその具体的な実現の方途を見極める為、全力を尽くす。

 

 

 

 

 

 

 

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