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北朝鮮の寄生虫感染状況

【月刊北韓】2018年1月号記事 亡命兵士と北朝鮮の寄生虫

前北朝鮮医師、清津医大出身 チェ・ジョンフン

 

寄生虫と共存する人民

 2017年10月13日、ある北朝鮮兵士が何発もの銃傷を負いながらも、命懸けで共同警備区域(JSA)内の軍事分界線(MDL)を越えて亡命した事件が発生した。当時、死線をさまよった彼を救った医療陣の発表によれば、彼の小腸から40匹以上の回虫が発見されたという。その中で最も大きいのは長さが何と27cmに達したといい、亡命事件に劣らずメディアを熱くし、今でも冷めていない。北朝鮮の予防医学部門に勤務した私に、多方面から電話が来て、北の寄生虫の実態について多様な質問に受け答えしながら、北で経験した多様な逸話を思い出す機会になった。

 北で「予防医学の前哨基地」という衛生防疫所で疫学医者として勤務した私の経験によれば、北は全住民が寄生虫感染の危険に裸で晒されており、それにより各界各層、老若男女のほとんどが実際に寄生虫感染している。

 北の衛生防疫所には「寄生虫課」が別にある。名の通り、寄生虫関連予防と治療を専任する部署で、ここでは毎年春秋の2回に分けて奉仕部門(サービス業)に勤務する人々の定期検査をしている。主に検便であり、寄生虫感染の有無を調べる目的で行い、感染者は一時的、もしくは永久にその職に勤務できなくする制度である。しかし、これによって正式に勤務から除外される者はいない。他の「非公開の原因」もあるだろうが、実態は支配人以下ほぼ100%の検診対象者が寄生虫に感染しているからだ。重ねて言えば、検診結果を規定通りに適用実施すれば、北の社会奉仕網全体が「営業停止」になり、そうなれば北朝鮮という「国家」自体が「営業停止」になるからだ。

 亡命兵士の体内から発見された回虫や、それ以外の蟯虫などがいないというのが異常なほど寄生虫の種類が多く、十二指腸虫、条虫、アメーバー原虫など、命や健康に深刻な影響を及ぼす寄生虫にも相当数の住民が感染しているのが北の現実である。飲食や食料品、宿泊施設などの「社会奉仕部門」の従業員がこうした状況なら、これらを通した感染の悪循環は根絶が難しく、これはそのまま北の住民が寄生虫と共存する致し方ない環境である。また、こうした非衛生的な環境は北の脱皮できない日常であり、これに適応して諦めるか「寄生虫も体にある程度はいないとね」という悲喜劇的な誤った常識が通用している所がまさに北である。今回亡命した北の兵士も、亡命に利用した車から見て北朝鮮軍の旅団長級以上の環境に勤務していたと推定されるが、手術で分かった深刻な寄生虫感染の事実は、こうした北の現実を示してくれた。

 

エリートには寄生虫がいない?

 今回の亡命事件以後、最も多く受けた質問である。板門店共同警備区域に勤務し、車で軍事分界線まで接近できたのはエリートだからだろう。それなのに何故回虫が多いのか疑問である。これは良い質問で、私が韓国に北の実像を知らせなければならないという使命感を再び固める契機にもなった。私がまだ大学に通っていた20数年前の話である。ある日、誰かが戸を叩くので、戸を開けたら区域党申訴副部長であった。同じアパートに住みながら、会えば目で挨拶する程度であった彼が訪ねて来て、「私の家に早く……」と言い、「突然訪ねて来て申し訳ないが、妻が痛がっているので、ちょっと来て診てくれないか」とのことだった。私は笑いながら「私はまだ医者でないですが……」と答えた。すると彼は「それが何ですか。区域病院から道病院まで、これという医者たちを訪ねたが、診断も治療もいいかげんで治らず…腹が立ち、近所で聞いたら、この家に行ってみればと言うので、ちょっと診て下さい。これではヤモメになってしまう」と言うので、しかたなく付いて行った。

 溺れた者は藁をも掴むという思いで訪ねて来た副部長に付いてその家に入ると、彼の妻とは面識があり、喜んでくれた。ところが、見た瞬間に驚いた。一月ほど見ない間に別人になっていた。視診では癌患者を連想させる悪液質(cachexia)状態に近かった。全身黄疸で目の角膜まで黄色くなっていた。緊張して患者に質問した。「どこが一番痛いですか」、「右あばら骨の下が、一日に何度も死ぬほど発作的に痛いですか」など…。症状を総合すると、右側胆嚢部の発作的痛みと重症熱(중증열)、黄疸、むかつき、食欲低下、起立性めまいなどであった。

 道内の有能だという医者たちが下した診断は胃痙攣、胆嚢炎、胆石、膵炎などで、治療はこれに該当する抗生剤治療、リンゲル、解熱剤、鎮痛剤などであった。おかげで私は診断範囲を狭めることができた。癌も疑われたが排除した。ひと月前と変わらない痛みと他の症状から、癌と診断するには符合しなかったからだ。最後に「回虫駆除はいつしましたか」と聞くと「虫下しを飲んだ覚えはなく…」と言う。「何でもないようです。2階9号や3階8号で、一番高価な駆虫剤を買って飲んでみて下さい。おそらく痛みは完全に治るでしょう」

 翌日患者から聞いたところ、駆虫剤を飲んで10分ぐらい経ったら痛みが完全に消え、排便するたびに回虫が数十匹排出されたという。整理すると、小腸に寄生していた回虫が胆道を通って胆嚢の入口に入ったのだろう。それを(名医たちは)胆嚢炎や胆石と誤診したと思われる。私は、既に受けた診断と治療法を排し、少し論理的に推論しただけであった。何はともあれ、この出来事は私が名医だと言われた最初の事であり、貴重な体験であった。

 以後、大学を出て医者として勤務した全期間、多くの人々と患者に会ったが、症状の有無を離れて回虫をはじめとする寄生虫感染がないときは、幹部や住民を区別して診た覚えがない。むしろ一般住民は、回虫や蟯虫を比較的容易に治療できる場合がほとんどである。幹部には条虫、寸虫、十二指腸虫、アメーバー原虫など多様な寄生虫疾患で治療が難しい場合が多い。理由は幹部層ほど供応性の酒席が多いことにある。条虫に感染した豚肉を良く焼かずに食べたり、条虫に感染した魚を刺身で食べたりするのが一般化しているためだ。

 私が平素親しくしていた道検察署の検事も金日成の護衛兵出身で、北では前途洋々だと見られ、そのために酒席も多かった。ところがある日、勤務中突然に癲癇発作(Epileptic seizure)を起こし、本人はもちろん家族が驚いたことがあった。それが本当の癲癇なら、いかに出身と土台が良くても昇進はもちろん検事職自体もできるか否か分からないからだ。幸いに私と父はその方面の専門で、いったん安心させて検査を勧めて平壌まで行って確診した結果、脳有口囊微虫症(뇌유구낭미충증)だった。脳に寄生した寄生虫によって癲癇発作が起きたのだ。幸い、金も権力もあり、当時地方では入手が難しいプラジカンテル(Praziquantel)という駆虫剤を平壌で、1錠1ドルで相当量を購入して治療完治した。こうした事を北では「病も人を選ぶ」という。ドルが無ければ治らないこうした病は、平壌の上層部でも避けられず、むしろ危険度が高い。北朝鮮全体は寄生虫に汚染、感染されているが避けようがない。

 

寄生虫問題の根源は北朝鮮体制

 

 北朝鮮には全国で四季がある。気温が比較的暖かい季節には、全国の村や道端で人糞を撒いて乾かし、冬には人糞ノルマを与えて山のように積み上げて置く。肥料不足の北では、農事のための窮余の策であり「肥料は米だ」という大衆運動だ。問題はこれ自体が住民の健康と直結する環境汚染犯罪だということだ。北の衛生防疫規範にも反して犯罪だが、党の方針であり金正日の遺訓なので誰も文句を言えない。冬以外の季節には人糞粉と寄生虫卵が風と共に大気中に漂い、冬には溶けた人糞が手や服に着けば掃い、スコップとツルハシで凍った糞を混ぜ返す作業で口の中に入ってもノルマを果たさなくてはならない。こうした奴隷労働をさせるのは「朝鮮労働党」と金氏一族である。

 これだけではない。中央衛生検疫所や鉄道省衛生防疫所など全国の衛生防疫所と疫学実態をみれば、北朝鮮全域の川と湖、家畜などの寄生虫汚染が深刻で、これによる患者発生事例が多様化して危険水位が高まっている。特に「革命の首都平壌」でも深刻で、特に大同江の汚染状況は深刻だ。以前にも増して寄生虫に感染した魚と甲殻類が発見され、大同江の汚染問題が専門家の間で論議されているが、最近になり大同江のボラや鯉、タニシなどを食べた人たちの患者が急増している。2010年に続き2011年にも大同江で捕らえた魚を食べて肝ジストマに罹った患者が増加し、条虫のような他の寄生虫患者も日を追って増えている。

 2011年の平壌市大同江区域衛生防疫所の通報と疫学調査によれば、同地域内で肝ジストマに罹る患者が増加しており、原因はすべて大同江で獲った魚を食べたことだった。中央衛生防疫所との協力でその原因を調査した結果、驚くべき結果が出た。既に大同江は80年代から人為的原因で汚染されており、その原因は70年代半ばに金正日により組織された「速度戦青年突撃隊」だった。

 当時の平壌市建設の大部分を担った、この半軍事的青年組織は主に大同江上流の半永久的な建物を飯場としていた。全国から集められた膨大な人員が、浄化措置もせず排泄物を大同江に直接流したそうだ。大同江の自然浄化能力を信じたのかも知れないが、結果は回帰不能の現象をもたらした。平壌といえば金日成も自慢した「大同江のボラ汁」が平壌市民のソウルフードだったが、金正日の政治的地位高揚に貢献した速度戦青年突撃隊によって、危険な伝染源に転落した。寄生虫は住民を宿主とする。その寄生虫である金氏王朝を清算しなければ原因除去ができず、汚染と感染の悪循環は続くだろう。 【訳:川﨑孝雄】

 

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