韓国ドラマ『愛の不時着』を観て

松原京子

 

いま日本でも評判になっているこの映画の感想文をどうしても寄稿してもらいたいと思った元脱北者がいる。北朝鮮を脱北し9年前に、度重なる苦難を乗り越えて念願の父の故郷の日本へたどり着いた女性である。懸命に日本語を学び、自ら内装業の会社を興し経営者となった。プライベイトでは夫と子供の三人で健やかに暮らしている。現在の心境から『愛の不時着』を語ってもらった。原稿本文は筆者の原文で、加筆修正はありません。なお、註解は編集部で行いました。(編集部)

 

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最近、日本では韓国ドラマ『愛の不時着』が人気らしい。私も今年1月に本当に楽しくこのドラマを見た。もともと韓国ドラマが好きなうえ、私が好きな韓国最高のイケメン俳優たちが出演して、演技も上手で、何よりも北朝鮮とのシンクロ率が高いのだからハマらないわけがない。

 

 パラグライダー事故で偶然、主人公のユン・セリが北朝鮮に不時着するというファンタジーのようなドラマだが、北朝鮮という重くて怖い素材が今までにないストーリー展開で上手に仕上げられている。久しぶりに聞く北朝鮮の方言や、北朝鮮住民の上位層と下層生活についてリアルによく描写されており、違和感もあまり感じなかった。

 外来語をたくさん使う韓国とは違って、方言を多く使う北朝鮮言葉も本当に久しぶりに聞いた。 キムチウム(おかず貯蔵庫)、ソンチョナ(携帯電話)、サルカギ(ダイエット)、フライカギ(ホラ吹き)、アレトンネ(韓国)やエミナイ(女)など、北朝鮮出身の私もすっかり忘れていた言葉がたくさん出て、とても面白かった。

金日成、金正日バッジ、各家庭に掲げられている金日成、金正日肖像画、家の中の装飾や背景、俳優たちの北朝鮮言葉や演技もリアルだった。

 

 

 リ・ジョンヒョク*1とセリが清津から平壌に向かう途中、汽車が停電で止まり、たき火をしてトウモロコシを焼いて食べるシーンがあった。私がいた時も停電で汽車が何日も止まることが多かったが、今も状況はあまり変わっていないようだ。

これまでも北朝鮮を素材にしたドラマや映画はたくさんあったが、『愛の不時着』はお互いに違う体制の中で主人公がぶつかる状況を一種の化学作用のようにうまく溶け込ませたようだった。

 

 本当にドラマのように韓国と北朝鮮の若い男女が出会って恋ができたらどんなに良いか。北朝鮮を代表するジョンヒョクと韓国を代表するセリとの愛を通じて、このドラマが語ろうとするのは何だろうか?と深刻に考えることもできるが、登場人物みんなの個性がはっきりしているので、気軽に楽しめるドラマだと思う。

 私にとっては平壌デパートの社長のキャラクターが一番印象的だった。北朝鮮という閉鎖され理念化された社会で暮らしてはいるが、徹底的に個人主義的で商業的な価値観を持った資本主義が頭からつま先まであふれるそんなキャラクターは平壌の富裕層には多い。資本主義は人間の本能であり、本能は虚像と理念に勝るのではないかと考えたりもした。

 また、権力を持つジョンヒョクの父親*2を通じて、平壌で権力と資本を持つ人々の中に、むしろ意識が開けた人々が多かったことを思い出し、息子を守りたい父親の本能と愛が北朝鮮のシステムをうまく騙し、成功するよう彼のことを応援したくなった。

 

 北朝鮮に不時着したセリを隠し、韓国に不法入国したジョンヒョクを隠す場面では、互いに隠さなければならないことは南北の国の関係から見て、厳然たる違法なのだから仕方のないことではあるが、そんな現実について改めて考えさせられた。

 家族を助けるために仲間を殺すことに加担したチョン・マンボク(盗聴役*3)、ク・スンジュン*4が逃げるようにと助けてくれた北朝鮮のブローカー、隣人が連れて行かれるのを阻止した村の人たち、娘を思う母親などすべての人物が、それぞれの人間関係の中で時には情で行動していた。

 

 しかし、現実では思いがあってもできないことの方が多いだろう。他人より自分と家族が生きるために友達を殺すことに加担したマンボクのように、北朝鮮では互いが互いを監視し、告発する悲劇的なことは珍しくない。いつ爆発するか分からない時限爆弾のように、いくら北朝鮮で裕福に暮らし、権力があっても、あの理念と体制のままでは、誰も自由ではないことを苦々しく思い出した。 結論はドラマと現実は違うということだ。

 誰も例外なく人間の権利が尊重される世の中が、一日も早く北朝鮮に来てほしいし、北朝鮮という大きな監獄の扉は、外から開けなければならないのではないかという思いにもなった。

 

*1 セリを匿い、愛するようになる人民軍5中隊長

*2 人民軍の実勢と言われる総政治局長

*3 保衛部中佐から中隊長の盗聴を強いられた

*4 セリと縁談したが、投資詐欺で北朝鮮に高跳び

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