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北朝鮮の核実験場の廃止が伝えられ、ジャーナリストや国際機関からも専門家を招いて「検証」に立ち会わせる、と北朝鮮側は宣伝し、あたかも核実験が終了し、核開発が終了するかのような前宣伝が行われている。北朝鮮の平和攻勢に一段と拍車がかかっているが問題は積み残されたままだ。 核実験場の廃止には様々な専門的な検証が必要で、実験坑道を塞ぐだけで終わる単純なものではない。過去6回の核実験のために坑道建設のために動員された強制収容所の政治囚たちの運命はどうなったのか、この問題一つ取り上げても深刻な人権問題である。坑道の建設作業が終わった後に、元の政治犯収容所に誰ひとり戻ったとは確認されていない、と元政治犯収容所の元警備兵の安明哲氏は語っている。 これとは別に、核実験場から30キロメートル圏内から脱北し、韓国に定住した人々の現況についても深刻な被曝実態が報告されている。この報告を熟読吟味してみれば、私たちに新たな意識を覚醒させるだろう。 以下は、韓国のNGO「第三の道」の報告書を紹介する。 (北朝鮮難民救援基金 理事長 加藤 博)
北朝鮮核実験による放射能被害脱北者関連事項報告書
作成者:「北朝鮮人権第三の道」事務局長 キム・ヒテ 2018.03.27
朝日新聞は2017年9月、北朝鮮消息筋を引用して「核実験に参加したり核実験場近所に住むと突然死するというデマが広がった」と報道した。この消息筋はまた「市場の商人間では、核実験で鬼神病に罹るという噂が広がっている」と伝えた。
2017年12月3日アメリカのNBCニュースは、2010年に咸鏡北道吉州郡から脱北した李ジョンファ氏をインタビューした。吉州郡は豊渓里核実験場がある地域で、2006年から合計6回地下核実験が行われた。李氏は、インタビューで「本当に多くの人々が死んだ。それで私たちは‘鬼神病’(ghost disease)と呼んだ」として「初めは貧しくて食べられずに死んだと思ったが、今は放射能のためだと分かった」と話した。足が不便でびっこをひく李氏は、原因不明の痛みが続いており、吉州郡から来た他の脱北者も、核実験が健康に悪影響を及ぼしたと確信していると話した。
豊渓里近隣地域から2013年に脱北した李ヨンシル氏は、近所の住民たちの中で障害児出産が続いていたと話した。李氏は「生殖器がなくて性別不明の子供もいた」とし、「北朝鮮では普通、障害児が生まれれば殺す。それで親たちが赤ん坊を殺した」と伝えた。
ところが、これらに対して統一部の調査結果では、何の放射能被曝症状もないという結果通知を受けたという。彼女はまた、中国から持ち込んだ携帯電話で今でも北朝鮮にいる家族と時々連絡を取るが、家族が頭痛と嘔吐を訴えていると主張した。それとともに「韓国では動物の権利も保護するので驚いた」とし「北朝鮮では人民の健康は無視される」と伝えた。
2016年統一ビジョン研究会が、核実験場がある咸鏡北道吉州郡からの脱北者13人をインタビューした結果、3人は放射能過多被曝と類似した症状があり、10人はそうした症状を見たり聞いたりしたと証言したと明らかにした。
同研究会は2016年7月から9月まで、核施設近くの吉州郡出身脱北者21人から詳しい聞取り調査をした結果、放射能被曝と疑われる13人が語った内容に基づいて、原子力医学者など専門家の諮問を受けて、核実験近隣住民の健康に及ぼした影響を分析した。
分析結果、1~3次核実験以後に4~7年以上吉州郡に居住した13人の脱北者中の一部は、長期間「鬼神病」という原因不明の症状に苦しめられたと分かった。
専門家たちは、この症状の原因が放射性物質被曝の可能性を念頭に置き、原子力医学、生物学、環境学など多様な学者の参加を得て確認した結果、ロシアのチェルノブイリや日本の福島原電事故当時の住民と類似した症状だと結論した。
脱北者と韓国の研究者が共同運営した「統一ビジョン研究会」は現在「社団法人サンド(SAND・South and North Development)」として新たに出発した。脱北者中、最初に東京大学で「北朝鮮の首領権力の生成とメカニズム」で政治学博士学位を受けた崔ギョンヒ(46・漢陽大現代韓国研究所研究委員)氏が代表のサンドは、2004年に脱北者の大学生が集まって作ったサークル「統一橋頭堡」は、2012年に「統一ビジョン研究会」に成長し、多様な学術の集会と統一活動を進めてきた。「統一ビジョン研究会」は、各種セミナーや毎月2回開催の歴史研究と韓国、北朝鮮情勢分析セミナー、青少年統一サークル活動を支援してきた。
吉州出身の脱北者は、北朝鮮当局が核実験時に一般住民たちにまともに日程を知らせず、1次(2006年10月),2次(2009年5月)核実験当時には、軍官家族だけを坑道に待避させたと語った。
また他の脱北者は、吉州郡の産婦人科病院で肛門と性器がない奇形児が生まれたという話を吉州の親戚から聞いたと伝えた。
無肛門症は、放射能被曝被害地域の新生児にしばしば発見される症状で、1950年代には広島原爆被害地域で、最近は福島原電事故近隣地域で増えている。
肛門がない「無肛門症」は、放射能被曝地域でしばしば発生する症状で、過去、広島原爆の影響で、1950年代に広島で多数生まれたという助産員看護師の証言があった。また、福島原電事故後の2013年に生まれた「無肛門症」新生児の症状と治療に付いて毎日新聞が報道した。
豊渓里に住んでいた脱北作家の金ピョンガン氏は、夫が核研究院に勤務し、放射能被曝症状で肝硬変・腎臓炎で顔がはれ上がり、皮膚がウロコのようにむけて床擦れができ、わずか40歳で歯が全部抜けたとインタビューで明らかにした。
歯が抜ける症状はチェルノブイリ原発事故当時、被曝者に多数発生した症状で、口腔粘膜が再生せず、口の中が乾燥してすぐに歯が腐る。
被曝の直接的原因は、土壌と地下水源が汚染されたことだと見られる。吉州出身脱北者の話によれば、吉州は核実験場がある豊渓里の万塔山から流れ下る水が集まる瓢箪形の地形で、この水が生活用水として使われており、地域住民の放射能被曝が疑われる状況である。また他の脱北者は、6次核実験直後も吉州に残った家族との通話で、豊渓里の井戸が全部乾いたという話を聞いたと話した。
統一部は、韓国原子力医学院に依頼して北朝鮮が核実験を実施した咸鏡北道吉州郡出身の脱北者に対して行った検査結果を、2017年12月27日に発表した。1次核実験が実施された2006年10月以後に脱北した、吉州郡出身の脱北者114人の中から検査を希望した30人を検査した結果だと発表した。放射能被曝が疑われる者はいないと発表したが、これら30人は全て4次核実験以前に脱北しており、6次核実験が行われた後、吉州郡近隣住民の放射能汚染の可能性は依然として残っている。この地域出身の脱北者30人を検査した結果をこの日公開したが、検査は2017年10月24日から12月16日まで実施された。検査対象者は、1次核実験が行われた2006年10月以後に脱北した吉州郡出身者114人中から、最近脱北した順で希望者30人を選定した。期間別では1次核実験(2006年10月)以後2次核実験(2009年4月)の間に脱北した者が7人、2次と3次核実験(2013年1月)の間に脱北した者が16人、3次と4次核実験(2015年12月)の間に脱北した者が7人で、男は4人、女は26人だった。
統一部はこの日配布した報道資料で「全身計数器検査と尿試料分析検査で、意味ある結果を見せた被検者はいなかった」とし「検査当時に放射能汚染が疑われる被検者はいない」と明らかにした。韓国原子力研究院は、人体に蓄積された放射能を測定する全身計数器と尿試料分析、安定型染色体異常分析などの被曝検査を行った。統一部関係者は「放射線被曝に伴う染色体異常を調べる‘安定型染色体異常分析検査’で、4人が最小検出限界の0.25グレー(Gy)を越える数値を示した」とし「4人中、統計的に意味ある結果を見せた住民は2人で、放射線被曝も原因であり得るが、北朝鮮での居住環境や高齢、長期間喫煙などの影響である可能性もある」と話した。
放射線による染色体異常を検査する安定型染色体異常分析検査で、最小検出限界(0.25 Gy:グレー)以上の推定吸収線量値が報告された被検者は4人で、この中の2人が意味ある結果を見せたと当局者は話した。
この4人全員に追加実施した不安定型染色体異常分析では、全員が最小検出限界(0.1Gy)未満であった。つまり、4人全員が最近3~6ヶ月以内に0.1G y以上の放射線被曝情況になかったという意味である。
統一部は「検査の攪乱変数として作用し得る北朝鮮での居住環境による影響を評価できる情報が不足」のため「核実験による被曝影響と断定できない」と説明した。
しかし、放射性物質の有効半減期により体内放射能汚染程度が減少するので、核実験に伴う汚染があったという結果が出なかった可能性もあると、統一部は説明した。放射能汚染の跡はあっても、北朝鮮の核実験に伴う被曝なのか、CT撮影や長期喫煙などによるのか原因を知りえないという説明だ。
北朝鮮吉州郡だけでなく、北朝鮮全域のウラニウム鉱山周辺と、核研究所などにも放射能被害者がいるという証言がある。
北朝鮮には、核開発目的の原子力研究所と原子力大学(物理大学)が各所にある。国防大学は軍事武器と核兵器開発技術者と専門家を養成するところで、この大学を卒業すれば北朝鮮のエリートと認められ、外国留学にも行って来る。帰った後は、大部分が軍需工場や原子力研究所、原子力発電所などに配置され、核開発や軍事武器開発に従事することになる。
国防大学や物理大学(事実は原子力大学)に入学させられた秀才の中には、卒業後に原子力研究所で働き、放射能を被曝して、体を壊したり、40歳程度で亡くなる者が少なくなかった。そのため、こうした実情を少しでも知っている人は、国防大学や物理大学への推薦を、屠殺場送致通知書のように考えた。
平安北道寧辺の分江地区には、よく知られた原子力発電所があり、分江物理大学(住民は原子力物理大学と呼ぶ)がある。ここは世界を核威嚇の恐怖に追い詰める、北朝鮮の核開発前哨基地として知られているが、実際にここで酷使されている人々の人権に対しては、まともに知らせたことがない。
最近、脱北者の証言によれば、平安北道寧辺郡の党委員会の強要によって強制結婚をしたある女性を通じ、分江原子力発電所に動員された青年たちの実態に対して伝え聞くことになった。何年か前に、平安北道寧辺郡党委員会は、顔が美しくて性格が優しい女性たちを選んで国家核開発事業に参加させて放射能被曝させ、身体障害のある10人余りの青年たちと結婚させる秘密プロジェクトを進めた。
寧辺郡党の斡旋で行われた合コンに出てきた青年たちは、5年前に分江物理大学を卒業して行方不明になった人々だった。当時、100人余りの青年が、集団でどこかに消えたが、再び現れたのは、この10人だけだったという。寧辺郡党は、選ばれてきた女性たちに党の命令だと言って、その青年たちとの結婚を強要し、女性たちは党の要求によって自身の選択とは無関係の結婚をした。この女性は、国が推奨することであり、党が直接行うことなので国家の恩恵もありそうだったので、別に気入らなくても結婚したという。
※豊渓里核実験場から30Km以内の人口≒13万名
北朝鮮 核実験場近くで染色体異常 住民被ばくか 毎日新聞2018年1月9日
北朝鮮の地下核実験場=咸鏡北道吉州郡豊渓里付近に住み、2度の核実験後に脱北した元住民2人に、原爆被爆者にみられるような染色体異常が生じている。韓国の研究者が収集したデータを広島の専門家が確認し判明した。推定される被ばく線量は高い人で累積394ミリシーベルトに達し、核実験による放射線の影響が疑われる。この数値は、広島に投下された原子爆弾の爆心地から約1.6キロの初期放射線量に相当する。豊渓里周辺では近年、核実験の影響が疑われる体調不良を訴える住民が増えており、被害の実態把握を求める声が上がっている。
脱北者の現状調査などを手がける民間研究機関「SAND研究所」=ソウル、崔慶嬉(チェ・ギョンヒ)代表=が2016年7月、8月、昨年9月の3期に分けて、吉州郡出身者21人を対象に健康状態の聞き取り調査を実施。その結果、頭痛や吐き気などの共通の体調不良があることが判明した。
数人について、同研究所が16年に韓国原子力医学院(ソウル)に依頼し、放射線被ばく検査を実施。このうち、核実験場から約27キロ離れた場所に居住し、06年と09年の核実験を経験した後、11年に脱北した40代女性について、血液のリンパ球内の染色体に、放射線を浴びた時に生じるような染色体異常が確認され、推定された被ばく線量は累積320ミリシーベルトだった。
韓国統一省も原子力医学院の協力を得て昨年11月、吉州郡出身の別の30人を検査した。その結果、核実験場から約20キロ離れた場所で生まれ育ち、同じく06年と09年の核実験を経て12年に脱北した40代男性からも染色体異常が見つかり、推定被ばく線量は累積394ミリシーベルトだった。ただ、韓国側は「北朝鮮の居住環境がもたらす影響を評価する情報がないため、核実験の影響とは断定できない」と結論を避けている。
韓国側のデータを評価した星正治・広島大名誉教授(放射線生物・物理学)は「放射性物質を含んだガスや粉じんを浴びた可能性がある。セシウムの数値など体内汚染に関するデータも確認する必要がある」と指摘した。星氏は、旧ソ連が1949~89年に地上・地下などの核実験を計450回以上実施したセミパラチンスク核実験場(現カザフスタン)周辺の調査にも携わっており、「セミパラチンスクの状況とも似ており、北朝鮮の核実験が要因として考えられる初めての結果ではないか」と分析している。
セミパラチンスク核実験場では、約110キロ離れたドロン村のレンガから累積400ミリシーベルトが検出されている。地下核実験は地上に比べ放射性物質が飛散する可能性は低いため、星氏は「北朝鮮では実験場から放射性物質が漏れている可能性がある」と指摘する。
核実験による住民の被ばくについて崔教授は「核開発は問題視されているのに、被ばくの可能性には関心が払われてこなかった。現在も核実験場周辺では被ばくした人がいて苦しんでいるかもしれない」と述べ、被害の把握を進める必要性を強調した。【竹内麻子】
【ことば】北朝鮮の核実験場
咸鏡北道吉州郡豊渓里の北側にある。核実験は過去6回実施。昨年9月の6回目では、広島に投下された原爆の10倍超に相当する爆発が起き、マグニチュード6.1の人工地震が発生、小規模な揺れが複数回観測され、土砂崩れなども起きている。日米韓など関係国や核実験全面禁止条約機関(CTBTO)が放射性物質の漏れを警戒し、監視活動を続けている。