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【News120】文在寅政府下の対北朝鮮人権NGO現況 (前)水府

 韓国のNGO法人は、なにがしかの公的資金援助を得られるようだ。以前、韓国で脱北者関連の任意団体の長をしている方が、「支援金を得るために団体を法人化したい」と話していた頃がある。自殺した前ソウル市長は数多くの進歩派市民団体に多額の資金を提供していた。

韓国の統一部(省に相当)に登録されている対北人権NGO法人は現在454団体ある。この中には親北朝鮮性向の団体から反北朝鮮性向の団体まで多様である。

 

 韓国では朴槿恵政権時代の2016年に「北朝鮮人権法」を成立させ、対北人権NGO団体を支援してきた。しかし、金正恩を忖度する「人権弁護士」あがりの文在寅政府になり、反北朝鮮性向のNGO団体は公的支援が減額もしくは打ち切られ、加えて法人や個人、団体からの寄付金も減少して財政状況が悪化し、税務調査や査察を受けて活動縮小や停止、解散に追い込まれている。

以下は、「公正と正義」を掲げる文在寅政府下の対北朝鮮人権NGOの現況です。

 

● 対北ビラ散布人権団体

 2020年5月30日、脱北者団体が金浦から北朝鮮に向けて風船ビラを飛ばした。五日後、金与正北朝鮮労働党副部長が「南朝鮮当局は、そのゴミどもの陰謀遊びを阻止させる法でも作らなければならない」と対北ビラ散布を非難した。政府は同年12月14日国会本会議で「対北ビラ禁止法」(南北関係発展に関する法律)改正案を可決し、2021年3月30日に施行した。この法は、軍事境界線一帯での拡声器放送行為、視覚媒介物掲示行為及びビラ散布行為など、南北合意書で規定している禁止事項に違反した者に三年以下の懲役または3,000万ウォン以下の罰金刑に処すると規定している。

 

 同法に関しては対北人権団体の表現の自由、北朝鮮住民の情報接近の自由に反し、違憲の疑いが提起されている。一部団体は3月、憲法裁判所に違憲を申し立てたがまだ判決が出ていない。7月、HRW(ヒューマンライツウォッチ)は「元人権弁護士が率いる韓国政府が、世界最悪の人権弾圧政権である北朝鮮を擁護するために自国民の人権を侵害するのは矛盾しており悲しいことだ」と公開声明で明らかにした。

 また、国連の人権担当特別報告官と国際人権団体は、同法が表現の自由侵害だけでなく、制裁賦課の比例制など国際基準に違反していると文在寅政府に再考を何度も促してきた。

4月28日、自由北韓運動連合が北朝鮮体制を非難するビラを

北朝鮮向けに散布した後、韓国統一部の当局者ともめている(聯合ニュース)

 

 韓国で対北ビラ散布を行っている主なNGO団体は、自由北韓運動連合(代表:朴相学)、クンセム(代表:朴ジョンオ)、北朝鮮同胞直接支援運動(代表:李民馥)、No Chain(代表:鄭光日)などだ。李民馥氏の団体を除く三団体はソウル警視庁の捜査を受け、起訴意見付きで検察に送致された。自由北韓運動連合は法人資格をはく奪された。李在明前京畿道知事は道が支援して来た李民馥氏を「団体を金儲けとして利用している(横領容疑)」として警察に捜査を依頼していたが、京畿道北部警察庁は無容疑と結論付けた。

 しかし、対北ビラ散布を行ってきた団体関係者は警察の監視下に置かれたままである。No Chainの鄭光日氏は、脱北者の会員が海岸観光に行ったという理由で仁川警察から出頭を要求されたと話している。彼自身にも一日中警察の車が付きまとい、何度も法査察までされた。その後、警察は彼の身辺保護段階を2級から1級に格上げすることを提案して来たという。結局、この提案は身辺保護名目の監視強化と見做した彼は、これ以上韓国で北朝鮮人権活動はできないとしてNo Chainの本部を米国に移した。

 

●NKDB(北朝鮮人権情報センター)

 NKDBの白書は、2014年の「COI報告書」はもちろん、毎年国連北朝鮮人権特別報告官やソウル国連北朝鮮人権事務所などの北朝鮮人権実態調査に引用されて来た。北朝鮮人権調査委員会(COI)マイケル・カービー前委員長はNKDBの白書を「単純な統計調査でなく、北朝鮮住民の人権を保障する疎明(確からしいと推測させる)資料」と評価した。

 NKDBは「政治的中立」をモットーとし、研究員は「政治活動に参加できない」という誓約書提出が要求されている。これは、被害者の情報だけを調査・研究・記録するだけでなく加害者に対する記録も行っているからである。

 

 

『北朝鮮人権白書』を持つ尹汝常氏

 NKDBの尹汝常(ユン・ヨサン)所長は、1994年から北朝鮮の人権侵害を記録する仕事を始め、1999年に脱北民定着機関「ハナ院」開設後は同所に入所した脱北民を直接聞取り調査してきた。2003年にNGOのNKDBが設立され、2007年に最初の『北朝鮮人権白書』を出版した。以後、『北朝鮮人権白書』は14年間、『北朝鮮宗教自由白書』は13年間発行して来た。しかし、2020年1月以降、文在寅政府のハナ院人権調査排除措置で2021年度版の両白書発刊が不可能になったと公表した。

 朴槿恵政府時の2016年、韓国でやっと北朝鮮人権法が制定され、弾劾直前に統一部傘下に北朝鮮人権記録センターが新設された。当初、統一部は包括的調査を、民間団体は特定テーマに限られた調査をする事で合意していた。そして、統一研究院(統一部傘下)、NKDB、大韓弁護士協会がそれぞれ北朝鮮人権白書を発行して交差検証や信頼性が確保されてきた。しかし、金正恩を忖度する文在寅政権になり、北朝鮮人権法に白書発行条項があるにも関わらず北朝鮮人権記録センターは一度も発刊せず、脱北者面談調査報告書さえ「3級秘密」として非公開にしている。

 

 2020年、政府はNKDBの人権調査を中止させ、その措置にNKDBが強く反発すると、NKDBと尹汝常氏は政府のブラックリストに載せられたようだ。全ての協議を終えて契約を控えた用役事業は署名前日に突然不可の通知を受け、以後、用役申請は全て排除され、他の機関や研究者と行う事業や行事にもNKDB研究員が含まれていれば相手側に徹底的に排除を要求している。尹汝常氏と他機関の研究者が一緒にいた時、政府関係者が「尹汝常は排除しなければ事業ができない」と電話して来たそうだ。また、最近は尹汝常氏が係わったことがある団体の事業が、広域自治団体の一次審査を通過し、政府の二次審査を受ける過程で、その団体が尹汝常氏と関係があるという理由などを口実に脱落させられる事態が広がっているそうで、これは連座制まで適用する犯罪行為である。

 5月10日、韓国大統領が尹錫悦氏に代わり、対北朝鮮NGOに対する対応も変化すると見られますが、まだ政権交代したばかりで具体的対応策が示されていません。後日改めて記すことにします。

 

編集部注:筆者の希望により、今回は前編とし、次回に後編を掲載する予定です。

 新大統領の就任演説を聞いた限りでは、前政権の対決的な後ろ向き政策とは違って、民主的で前向きなことが期待できそうです。

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