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【News109】書評 申美花著「脱北者たち」 高 幸

 本書は著者の自伝的語りから始まる。韓国の民主化闘争、女性蔑視の社会への反発、そして「脱韓」して日本、米国へ。日本で経営学を修めた後の起業経験の浮き沈みも赤裸々に綴っている。インタビューで対面した著者は、話していてこちらが元気をもらうような明朗闊達な方だった。

 本書は韓国社会で成功した脱北者たちへのインタビュー全5編から成る。卸売り、飲食、服飾と業種も様々だ。最後の2編は脱北ブローカーへのインタビューとなっている。

北朝鮮での悲惨な生活、もしくは脱北までの苦労に重心が置かれた書籍は数多あるが、脱北後、特にビジネスでの成功者を取り上げた着眼点は著者ならではといえるだろう。「日本で中国の学生を見ても赤くないので驚いた」というほど反共教育を受けた著者だが、同じ起業家として、女性として、そして「脱国者」としてインタビュー対象者に向ける尊敬と共感の想いが行間から伝わってくる。筆者のことばを借りれば『二つの国、文化、社会を見る「複眼の視点」』をもち、「宝石のように光る」脱北起業家を描く、というのが本書を通貫する筆者の視点だ。

 著者は南北ハナ財団*に問い合わせ、ビジネスで成功した脱北者に関する先行研究がないことを知る。学術書ではない一般向けの「柔らかい」本を書いた経験がなかったが、脱北者のストーリーをより多くの人に知ってもらいたいとの使命感を持ち、月1回のカルチャーセンターのエッセイ講座に仕事の傍ら通いだした。講師のノンフィクション作家が面白いと出版社に持ち込み、本書が世に出ることとなった。

 

 語りの部分だけでは説明しきれない、個々の物語の背景となる歴史や政治状況を解説部が補っており、脱北者を取り巻く状況を理解する助けとなっている。全ての登場人物が近影の写真付きだが、現在の明るい笑顔と対象的に、人身売買、子どもとの別離など、特に女性であることに起因する苛烈な体験が語られる。男性優位の韓国社会で成功するにも並々ならぬ苦労をしたことだろう。著者にも女性読者からの反響が多く寄せられるそうだ。

 韓国にきてたった2年ですでに洋服リフォームチェーン店を5つ経営している女性がいる。彼女の強みは顧客第一のサービス精神、ITを駆使したマネジメント手法だ。また、「北朝鮮から来た」というマイナスイメージを逆手に利用したマーケティングで飲食業界で成功した男性もいる。努力と挑戦を繰り返して道を切り開く様はスリリングで小気味よいほどだ。「二歩前進のために一歩下がって考える余裕を持つ」「これまで乗り越えてきた試練は、これからあたえられる試練を乗り越えるための事前学習」など、脱北起業家による金言が詰まっている。挫折を経験し、壁にぶつかっている人はきっと彼らから勇気をもらえる。

 「ビジネスをやるのが資本主義に溶け込むには一番、そこから社会の中でアイデンティティを確立できる。」著者がインタビューを通して得た知見だ。ビジネス経験に軸を置いたインタビューは互いに話しやすく、失敗談も明るく話してくれたそうだ。皆忙しい経営者だ、地方まで会いに行き、散策しながら一日がかりで話を聞いたこともあった。 

 著者は「日本の若者たちに、本書を通してチャレンジ精神をもってほしい。」と同時に、韓国で育つ脱北者の子ども世代、もしくは北朝鮮や中国にいる予備脱北者たちにとって、このサクセス・ストーリーが共感を呼び、説得力のある「希望の贈り物」となることを願う。他方、韓国の特に若年層の朝鮮半島統一に対する態度が冷ややかなのが残念だと語る。

 

 韓国社会では3万人を超えた脱北者の存在が認識されており、それゆえの差別も多い一方、バラエティやリアリティ番組など、脱北者が直接語り、喜怒哀楽をメディアで見る機会がある。北朝鮮難民救援基金が支援する日本国内の脱北者達は、広報媒体に顔を出すことは本人が望まない限りしておらず、支援を呼びかけるうえで、「顔が見える」ことが効果的であるのと逆行する難しさがある。北朝鮮に残る家族に影響が及ばないようにするなどの理由が主だが、それ以外にも韓国社会と、日本社会で顔を出すことには、受け止める側の社会の状況に大きな隔たりがあると感じる。

 脱北者が起業する場合、日本と韓国ではどのような差があるか著者に尋ねたところ、韓国で起業を志す脱北者はハナ財団からの指導が受けられるほか、ハナ院で脱北者同士の横のつながりができるそうだ。脱北者が経営する20社ほどを訪問したが、いずれも従業員も脱北者が多く、「同じ空気」で働ける利点があるようだという。他方、資本主義システムに慣れない脱北者が起業の道を選択するケースは極めて少ない(在韓脱北者のうち雇用主の比率は2.8%)。脱北者に対する社会的認知も乏しく、起業支援制度も整っていない日本はなお厳しい環境と言わざるを得ない。

 次回作は、日本から北朝鮮への「帰還事業」で日本に戻らなかった人々に焦点を当てたいと意欲を語る。

 

*韓国統一省の機関で脱北者の韓国入国後の教育、就労支援等を行っている。  

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